成嶋瓢雨の世界

成嶋瓢雨経歴
大正15年1月18日茨城県龍ヶ崎市に生まれる。
茨城県龍ヶ崎中学校卒業、画家を志し、茨城師範学校にて美術を専攻。郷里の龍ヶ崎小学校において教鞭を採りつつ研鑽に勉めるも、故あって1年で退職、叔父の会社に勤務することになるが、初志を断念せざるおえなくなり、絵に替わるものとして俳句に興味を持ち始める。その後、肺結核により入院中、ホトトギス同人大野審雨先生を知り師事、膝下にて花鳥諷詠、客観写生の道を基本より徹底指導を受ける。
 後、師審雨の紹介要望により高浜年尾先生に師事、側近く厳しいご指導を辱うす、先生ご逝去の後、現ホトトギス主宰、稲畑汀子先生に師事を受ける。
 ホトトギス巻頭(昭和57年8月号)、巻頭次席(昭和59年3月号)

平成元年12月、句集”歳月”を発行

歳月の最初のページ、稲畑汀子先生からの発行記念句 ( 歳月を語らず木の芽新しく   汀子 )

龍ヶ崎小学校にて、1年間だけ教壇に立つ。
瓢雨20歳であった。
中央左に座っているのが瓢雨である。

成嶋先生の思い出 ー>クリックして下さい 
東京水産大学名誉教授   長谷川西涯先生より
瓢雨作品紹介

そこぬけのしずけさはつひのぼりゆく
そこぬけのしずけさ初日のぼりゆく

さけくんでおやこのきょりのなきよなが
酒酌んで親子の距離のなき夜長

きそのうたさみしくかなしおどりける
木曾の唄淋しく哀し踊りける

さけあたたむしみじみとよをすごしたく
酒あたたむしみじみと夜をすごしたく

ふうりんのいづくともなりかさねおり
風鈴のいづくとも鳴り重ねをり

はしかげのゆるるすずしさみずおとも
橋影の揺るる涼しさ水音も

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びじゅつかんでればたびびとふゆのあめ
美術館出れば旅人冬の雨

ひたちのやたいこのごときはつひかな
常陸野や太古の如き初日かな

つまといることもめずらしはるごたつ
妻といることもめづらし春炬燵

しなのじのすずをたのしむこころあり
信濃路の涼を楽しむ心あり

うずみえてにわとこのめのわれそめし
渦見えて接骨木の芽の割れそめし

しぐれちょうほどにはあらずかんじおり
時雨てふほどにはあらず感じをり

えみほしきみぞるるわかれなりしかば
笑み欲しき霙るる別れなりしかば

あつかんやきゃくもあるじもすでになく
熱燗や客も主もすでになく

ぬまこはるなみのきわまでものをほす
沼小春波のきわまでものを干す

ふるさとののうどうながきざんしょかな
ふるさとの農道長き残暑かな

わたむしにくうきうごいてをりにけり
綿虫に空気動いてをりにけり

さけあたたむしみじみとよをすごしたく
酒温むしみじみと夜を過ごしたく

だれかれにはなしかけたびさわやかに
誰れ彼に話しかけ旅さわやかに

いっぱいのうめしゅがつまのしょきばらい
一杯の梅酒が妻の暑気払い

いしかりのポプラなみきのかぜのしょか
石狩のポプラ並木の風の初夏

やまでらのしずけさたけのあきにきし
山寺の静けさ竹の秋に来し

みずわたりきしもくれんのかなりけり
水渡り来し木蓮の香なりけり

くさもちやちゃのあじわかるとしとなり
草餅や茶の味わかる齢となり

あきぜみのいきづかいともかいまみし
秋蝉のいきづかいとも垣間見し    いはほ

あきかぜのいろにふかれてきしちょうも
秋風の色に吹かれて来し蝶も

こぐらさといふすずしさにをりにけり
小暗さといふ涼しさにをりにけり